瀬戸内の太陽をいっぱいに浴び、旬を迎えたレモンが実る愛媛県・岩城島。フェリーを下りると、防波堤でネコがのんびり昼寝し、海には白い航跡を引きながら島々の間を船が行き交っていた。深呼吸すれば胸いっぱいに潮の香りが広がり、気持ちがゆっくりとほぐれていく。
1周約13キロの島は段々畑から海辺まで、黄色い果実をつけた木が目に優しい。白い壁の農家レストラン「でべそおばちゃんの店」は、庭の大きなレモンの木が目印だ。
扉を開けると、マスク越しに感じるレモンのさわやかな香り。店主の西村孝子さん(74)らの楽しげな声が響く。店名の意味を尋ねると、「うちらのへそが出とると思っとんやろ。違うわい」。笑い声で台所が沸き立つ。
「でべそ」は島の言葉で「でしゃばり」「積極的」の意味。「取材に来てエプロンもないんかい!」。西村さんら店で働くでべそな女性4人の弾丸トークに圧倒されるが、言葉の一つ一つに優しさもにじむ。
完全予約制で、メニューは「レモン懐石」(2000~3000円)のみ。10品ほどで2500円のコースは、1食に地元産のレモン4個分が使われ、黄色く華やか。「レモンは添えもんのイメージでしょ。うちではレモンも、でべそやけんね」と西村さんたちは誇らしげだ。
果汁で味つけした酢飯に島周辺でとれた小エビを混ぜ込んだレモン
レモンが優しい味に変わる秘密は? 「ビタミンCだけじゃない。食べる人への真心がこもったおばあちゃんたちのビタミン『愛』が詰まってるけんな」。満面の笑みで教えてくれた。
西村さんは45年ほど前、結婚を機に広島県から移り住んだ。ミカンの価格が低迷し、新たな特産品にとレモン栽培が本格的に始まった頃。全国に売り出そうと試行錯誤する「でべそ」な女性グループに加わった。
リュックにレモンを詰めて、東京など都市部の青果市場を巡ったり、タクシーの運転手に名刺代わりに手渡したり。「島全体がレモンの応援団やったねえ」。いたずらっぽく笑う。
その頃、メンバーの家庭で作っているレモン料理を持ち寄って発案したのがレモン懐石だった。1998年度に農林水産省のコンクールで入賞。県の「えひめ夢提案制度」に採用され、自宅の台所を調理場として使えるよう県条例の規制緩和にこぎ着けた。2006年に西村さん方で開店。「レモンのおかげで、中身の濃い人生を送らせてもらっているわ」と振り返る。
もてなし後のだんらんも西村さんの楽しみだ。「人に恵まれ、みんなと話すのも財産。楽しんでいるから続いている」。5年前、西村さんが入院した際、ほかのメンバーが西村さんの家で、お客さんを迎えたこともあった。「食器の位置だって家族より詳しいんだから。信頼があってこそよ」
レモン懐石で、ほとんど利益は出ていないという。「世間は金もうけ金もうけと言うけどね、うちらがやっているのは人(ひと)もうけ」。台所に飾られたお客さんの手紙からも、人とのつながりを大切にする姿勢が伝わってきた。
私は記者1年目。仕事は人に会って話を聞くことから始まる。おばあちゃんたちに負けないくらい「人もうけ」する。帰り道、瀬戸の夕暮れにそう誓った。(松山支局 脊尾直哉)
特産レモン でべそな懐石 : 読売新聞 - 読売新聞オンライン
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